2008年9月1日
祖母が他界した。満100歳にて。

明治から平成までの激動の時代を生き抜いた祖母だ。

その顔を見たとき、美しいことに、はっとした。
そこに、寿命を全うした人の清々しさを感じた。

『生き抜く』というのは、
死にゆく人たちを傍らに見てきたということでもあるわけだ。

命があるから生きている、甘ちょろい私とは、違う。
彼女の人生には、関東大震災だの東京大空襲だのと、
受動的に訪れる死の機会が、すぐ隣り合わせにあったのだから。
実際に、多くの死者の脇を、生を目指して、逃げおおせた人なのだから。

激しく生きた彼女の死に顔は、穏やかで優しいものだった。

生き抜くということは、それそのものが、
素晴らしいことなのかもしれない、と思った。

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祖母の死を迎えた家族の心には、一つの禍根もない。

父は、してやりたかったように、万端、葬儀を執り行い。
母は、祖母に尽くし務め上げたことに、誇りを感じ。
孫や曾孫たちは、それぞれの胸に祖母の死を刻み込む。

戒名は、寿命を全うしたという意味と、
あまねく知恵を授けるもの、という意味を含んでつけられた。

愛憎の中、戦い続けた祖母だけど、
確かに、彼女には、沢山の知恵を授けられ、
今、このときでさえも、まだ、何かを与え続けられてると思う。

手を掛けられて育った私の中には、沢山の昔話が蓄積してる。
そこにまた、今日、祖母の妹から、新たなる昔話が加わった。

「一番喜んでいるのは、**さん(祖父)じゃないのかしら。
**さんは、優しい男でねぇ、私は大好きだったのよ」

16歳も歳の離れたその人は、新婚だった祖父母に懐いて、
新居に頻繁に出入りをしていたようで、
その頃の祖父母の様子と合わせて、
彼女の目から観た、店が立つまでの軌跡を、私に話してくれた。

「そんなに苦労して、出来た店なの。だからね・・・」

祖母の魂は、生き続ける。

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継承というものは、業態や形あるものを維持するという意味ではなく、
『魂』が後進たちに宿り、継続されることだ、と私は思う。

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